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ゆっくりノートブック・シリーズ第4弾、本日発売です!

『ゆるゆるスローなべてるの家― ぬけます、おります、なまけます』
著:向谷地生良+辻信一
監修:辻 信一 /発行:大月書店 /企画・編集:ゆっくり堂
ISBN978-4-272-32034-9-CO336
サイズ:B6版184P
定価1,200円+(税)

ユニークな精神障がい者コミュニティべてるの家に設立以来関わる、ソーシャルワーカーの向谷地生良氏と辻信一の対談本。
べてるの活動や理念にスロー・ムーブメントの原点をみながら、ファストからスローへと転換する新しい時代の価値観がじっくり語られています。

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  (おわりにより ) 向谷地 生良

                        
 今回の対談を通じての一番の収穫は、私自身があらためて辻さんの言う「べてるの家は、スローのふるさと」とおっしゃる意味が飲みこめたことである。対談の冒頭で辻さんが述べた「スローとは、“ゆっくり”ではなく“つながり”である」という言葉は、まさしくべてるが追求してきたテーマそのものだからである。それは、統合失調症という病が、人間の暮らしの近代化とともに私たちの前に立ちあらわれ、人とのつながりの希薄さの感覚をその基礎的な症状とし、回復とは、その“つながり”をとりもどすことに他ならないからである。

 正直言って、最近まで、スローライフとは「木立に囲まれた自然の中でログハウスに住み、趣味で無農薬野菜を栽培しながらのんびり暮らすこと」というきわめて清純なイメージしか持ちあわせていなかった私が、辻さんから「べてるの家は、スローのふるさと」といわれたとき、風呂にも入らず、発酵しきった“芳醇”な汗の臭いを振りまき、ところかまわず“立ちション”をして近所の不評を買うべてるの住居に住むひとりのメンバーのにこやかな表情が眼に浮かび、どう言葉を返してよいか戸惑ったことがあった。

 しかも、べてるという場は、多くの矛盾した現実と人の個性が交じりあう“時代の苦労の最先端”が集積した場所とよく言われる。この30年におよぶべてるの活動を担ってきた人たちは、統合失調症を筆頭に、依存症やそううつ病など実にさまざまな困難を生きぬいてきた人たちである。そのような<問題だらけ>の場であるべてるを、にもかかわらず「スローのふるさと」であると言いきる辻さんの着目点が“つながり”にあると聞いたとき、スローな暮らし方、生き方は、身近な日常へと変わったのである。

 私なりの理解であるが、なぜ“つながり”がスローなのかを考えたときに、“つながる”とは、手間がかかる、遠回りを強いられる暮らし方だからである。一番わかりやすいのは、起業なり、新しい事業をはじめるときに、その場でもっとも頼りない人を中心に据えることにこだわってきたのも、その一例である。そのポジションを長く勤めてきたのが精神ばらばら状態を自称する早坂潔さんである。場の中心に、弱さを抱いた人が居ると、その人を介して人は自然とつながり、支えあうようになる。もっとも弱い人が、その場にもっとも必要な人になるのである。

 また、仕事中には、なるべく手を動かすよりも口を動かすことが奨励される。一般的には、仕事中の私語は厳禁である。しかし、べてるは違う。仕事中には、手を動かす以上に口を動かすことが大切になってくる。それは、一時的に仕事の効率は落ちても、つながりを絶やさないコミュニケーションこそ、人を豊かにする条件だとみんなは知っているからである。

 そのようなべてるという“苦労の泉”は、言葉を生みだす源泉でもある。擦れあいながら生きあう暮しのはざまで、新しい物語を帯びた言葉が育まれていく。それは、失敗のない世界でもある。失敗が失敗のままでその場に収穫をもたらし、弱みが弱みのままで強みとなる可能性を帯びた場、それがスローなのである。

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